(日本伝説集 山中共古先生の報告より) 甲斐甲府の地は、昔、一面の湖水であって、冷たい水の面が、富士の頂きを逆様に映していた。 地蔵菩薩がこの土地の様子を見て、 「この水を除けて、陸地を造ったら、人も住まれよう、畑も出来よう、どうにか成らぬものか」と二人の神様に相談をされる。 神様たちはこれを聞いて、「いかにも道理」と賛成して、一人の神様が山の端を蹴破って、今一人の神様が山を切り穴を開けて、その処に一条の水路を開いて、大湖水の水を今の富士川へ落とさせる。 それを見た不動尊は、引っ込んではいられぬと、これも川瀬を造られる。この二仏二神のお陰で、甲府の土地は現われたのである。 山を切り穴をあけられた神は今、甲府の西に、穴切神社としてまつられ、山を蹴破られた神は、蹴裂明神として知られている。 瀬立不動が川瀬を造った不動様で、今、甲府の東光寺にある稲積地蔵というのが、はじめに云いだした地蔵様である。もとは、法城寺に在ったのを、後に東光寺に移したのである。その証拠には、法城の二つの文字は、水を去り土を成すと読まれるではないか。 |