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| ◆ ◆ ◆ 1月号 ◆ ◆ ◆ | |||
| 今月はつよ〜い味方が登場! 文化芸術課文化財係の職員の方と金手(かねんて)周辺を歩きました。 今月もまたまた新発見がいっぱいです!! |
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![]() ★瑞泉寺(ずいせんじ)・・・MAP 1 境内には甲府の町年寄をつとめた坂田家のお墓や戦国時代の貴重な石造物、ひきとり地蔵などがあります。 ←悩みを「ひきとってくれる」ひきとり地蔵。江戸時代中期に頭だけを大きくつくるのが流行。見るだけで心がなごむ! |
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曲尺(かねじゃく) → 金手(かねんて) 旧町名の金手という地名は甲州街道の金手のところ(今の城東通り、金手のクランク)が大工職人がよく使う物差し「曲尺」の形に似ていることから、「曲尺=金尺→金手」になりました。このクランクは「ここからは城下町」ということを示すためと、お城への見通しを悪くして、敵の攻撃を防ぐ防御の役割を果たしていました。 →金手周辺は城下町の出入口なので、疫病や災害など邪悪なものを防ぐためにお寺を配置。今回訪ねたのはすべて古寺で、3寺とも大きな鐘がありました。ゴ〜ン!(天尊躰寺にて) |
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★教安寺(きょうあんじ)・・・MAP 2徳川家康第8子・仙千代の廟所(びょうしょ)や城下に時を知らせた「時の鐘」と同じ奉行が寄進した鐘、甲斐の中世の石造物文化を代表する「六地蔵石幢(せきどう)」などがあります。甲府初の芝居小屋がおかれた興行発祥の地でもあります。 ![]() ←江戸時代、甲府に来て三味線や琴を教えた謡曲師、六々壽(ろくろくじゅ)さんのお墓。いろんな文化を取入れようとした城下町の様子がうかがえます。 |
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★甲斐奈(かいな)神社・・・MAP 3元々は甲斐奈山(今の愛宕山)にありましたが、甲府のまちを防衛する戦略拠点として重要な場所だったので武田信虎が現在地に移したと伝えられます。甲斐奈神社の東側と裏通りに沿って、かつて甲府城の三の堀がめぐっていました。 |
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★天尊躰寺(てんそんたいじ)・・・MAP 4甲斐の代官・大久保長安(ちょうあん、*)のお墓や「目には青葉 山ほととぎす 初がつお」で知られる山口素堂のお墓などがあります。歌人として有名な山口素堂が、甲府の藩士で濁川の改修工事に携わっていたこと・・・知っていました? * 武田信玄の家臣。猿楽師。武田家滅亡後に徳川家康に見出され金山奉行に。佐渡金山や石見銀山を開発。甲府の「佐渡町」は「佐渡守」だった大久保長安が屋敷を構えたことにちなみ、佐渡町では甲州金もつくられた。 |
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★めったっ町のお稲荷さん・・・MAP 5まちの歴史に詳しい文化財係の職員さんも新発見だった神社! 昔、城下に大火が起きても不思議とこの地域は火災を免 れたので、めでたい町→めったっ町と呼ばれ、その後もたびたび火災を免れたそう。 |
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板碑(いたび) 三角形の上部、2本の横線が入った板状の石造物。中世から江戸時代初期にしかつくられず、県内でも残数が少ないのに、今回訪れた3寺にはたくさん!これはこの辺りが昔、工町(たくみまち)で、板碑をつくれる石工さんがいたからではないかと考えられています。 |
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