タイトル・とびだせ!市民レポーター
◆ ◆ ◆    2008 7月号   ◆ ◆ ◆

 市文化振興指導員の先生と、今月は小松町を訪ね歩きました。 
 小松町は歴史がぎっしりつまったまち。住宅地の大きな岩、江戸時代から続く風習など、“まち歩き”しながら、また、地元の方に話をうかがいながら、驚くことがいっぱいでした!


 小松の鎮守である諏方(訪)神社。創建は不明ですが、室町時代の棟札の記録が残っています。境内に2つの巨石があったことから、石宮明神とも。その巨石は……へ。

→神社裏の小松山には、武田氏の時代、烽火台があったそう。「山の形が良いので山自体も信仰されていたかも」(先生)。
諏方神社鳥居と小松山


石宮(上部)  4〜5mはあろう大きな岩!“石宮”と呼ばれ、現在は個人のお宅の庭にありますが、昔はここも諏方神社の社地でした。かつては社があり、火災にあっても焼けなかったので、火防の神との言い伝えも。

←かなり奥行きもあります!(石宮の上部)



→岩の表面は、たくさんの小さい石が固まったような感じ。
石宮(全景)


 諏方神社から歩いて15分ほど、小松山の中にある“山の神”。屋根の石がとても重そう!「山中まで重い石を運びお祀りする。小松の人たちがどれだけ山を大切に思っていたかわかりますね」(先生)。
 ここに向かう途中にも大きな岩があちこちに。“カエル岩”なる岩も発見!
カエル岩
山の神(石祠)
山の神…一般的に猟師、炭焼きなど山に関係する人が信仰。山に入る時にお参りする


 その名も丑之刻地蔵。丑の刻といえば…丑の刻参り!?わら人形!?
 やはり、丑の刻参りに由来するお地蔵さんのようですが、現在はそんな、おどろおどろしい雰囲気はまったくありません。「丑の刻参りにちなむお地蔵さんとは珍しいですね」(先生)。
丑之刻地蔵のお堂 丑之刻地蔵 ←頭巾がある部分には、坐像があったと思われます。


神地 “神地”と呼ばれる場所。たくさんの神が祀られています。

左:供養塔や六地蔵、蚕影山の碑などが。
左下:庚申塔
下:左から、金比羅・石尊(水神)・秋葉さんの祠。
庚申塔 金比羅・石尊・秋葉さんの祠
神地まつりの様子←地元では5年前から“神地まつり”を開催。食べ物やゲームの出店もあり、多くの人で賑わうそう。まで100個以上の提灯が灯り、幻想的な雰囲気。
※今年は7月12・13日に開催(出店は12日夜に)


  庚申講  
 市内で数少ない庚申講。小松町には3組の講があり、最も古い講は嘉永2(1849)年から続いています。
 その講では現在は、60日に1回の庚申の日に“トウヤ”と呼ばれる当番の家で持ち回りの掛軸を飾り、へお参りに行くそう。“トウヤ”に集まって夕飯を食べる習慣も最近まであったそうです。

庚申講…庚申の日に当番の家に集まり、徹夜する“庚申待”を行う集団。この夜、眠ると、人の体内にいる三尸の虫が抜け出て、天帝にその人の悪事を告げる(命を短くするとも)という

  獅子舞  
獅子頭 小松町ではいろいろな小正月行事も行われます。その1つが獅子舞。江戸時代、下部に行った小松の人が落居村山田(旧六郷町)の人から教わってきたといわれ、地元では“お神楽”と呼ばれています。
おかめ・ひょっとこ
←かつて獅子舞の時に使われていたおかめ・ひょっとこの面。


まち歩きの地図
は北中の学校林の広場の一角に
 諏方神社
 石宮
 山の神
 丑之刻地蔵
 供養塔や六地蔵など
 庚申塔
 金比羅・石尊・秋葉さんの祠


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