更新日:2011年10月1日

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武田氏館跡

国史跡である武田氏館跡は、永正16(1519)年に武田信虎が築いた武田氏の本拠で、一般には「躑躅が崎館」の呼び名で親しまれています。大正8(1919)年に武田神社が創建された場所は、信虎、信玄、勝頼の武田氏三代が居住し、政務を執り行った館の中心でした。
その西隣には天文20(1551)年に信玄の嫡男である義信の館として築かれた西曲輪があり、北側には食糧庫とされる味噌曲輪や大井夫人の隠居所と伝わる御隠居曲輪などの関連施設があり、それらは館の中心を囲むように並んでいます。
武田氏館は、勝頼が新府城へ移転する際に一時は破却されましたが、武田氏滅亡後に甲斐国の統治拠点として織田・徳川・豊臣氏の家臣団によって再利用されました。
天守台の高石垣などは、その時代に築かれた構造物であるため、甲府城築城が一応の完成を見るまで使用されたと考えられます。
平成31年は信虎が館を築いてから500年の節目となるので、市の原点ともいえる貴重な史跡を保護・活用するため、武田氏館跡を史跡公園として整備する事業を進めています。
戦国時代、館の正面玄関だった神社東側の大手門周辺東側に残る堀や土塁、土橋などを修復しました。

  • 区分…国指定文化財(史跡)
  • 指定日…昭和13年5月30日
  • 場所…古府中町

 

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