更新日:2012年2月20日

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絹本著色(けんぽんちゃくしょく)柳沢吉保像

柳沢吉保は、江戸幕府5代将軍徳川綱吉の側用人(徳川将軍の側近の中で最高職)として政治に手腕を振るった幕臣です。柳沢家が戦国時代に武田家に仕えた武川衆の一員だったことから、柳沢吉保は徳川家の天領だった甲斐国の拝領を許されるほど綱吉の信任が厚い人物でした。

時代劇の「忠臣蔵」や「水戸黄門」に出てくる吉保は悪役として描かれ、どちらかといえば悪いイメージを思い浮かべる方も多いかもしれませんが、甲斐に残した事績は大きく、後を継いだ吉里が大和郡山に移るまでの柳沢家の治世は、甲府が最も華やいだ時代といわれています。

また、幕政の中枢で活躍した吉保は、儒学を奨励した綱吉の門弟として学問を学び、北村季吟に師事して和歌の道にも通じ、江戸で流行した最新の学問や文化を甲府にもたらしました。

一蓮寺に奉納された自画像は、自身の出世を記念して元禄15(1702)年に狩野常信に描かせたものです。
吉保の遠い祖先が建てた一蓮寺にこの自画像を奉納し、自分が出世したことを先祖に報告したといわれています。
公の行事に際して身につけた衣冠の服装をして座った姿が描かれていて、腰の刀の鞘(さや)には柳沢家の家紋である花菱(はなびし)の意匠が見えます。その自画像の上には吉保が詠んだ自筆の和歌が2首そえられていて、吉保の文化人としての一面を見ることができます。


画像:絹本著色柳沢吉保像(写真提供:一蓮寺)

  • 区分…県指定文化財(絵画)
  • 指定日…平成9年12月15日
  • 場所…一蓮寺(太田町5ー16)

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