更新日:2012年10月22日

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東光寺仏殿

東光寺は、今から約1千年前の平安時代に興国院という密教の寺院から始まったと伝えられています。
鎌倉時代に、日本で初めて禅師号を賜った中国の名僧蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)が臨済宗の寺院として復興し、戦国時代には武田家の保護もあって、甲府五山の一つとして繁栄しました。
武田家と密接な関係にあったために、武田義信や諏訪頼重らの武将が東光寺に預けられ、ここで生涯を終えています。

東光寺仏殿

東光寺仏殿は、唐様(からよう)と呼ばれる中国の建築様式を模して建てられた一辺8mほどの正方形をした入母屋(いりもや)造りの建物です。二重屋根の裳階(もこし)が特徴で、ヒノキの皮を重ね合わせた桧皮葺(ひわだぶき)が用いられ、流れるような曲線で仕上げられています。同じような建造物には、鎌倉市の円覚寺舎利殿、県内では山梨市の清白寺仏殿などがあり、ともに国宝に指定されています。

仏殿の内部には、鎌倉時代の作品である「木造薬師如来坐像(ざぞう)」・「木造薬師十二神将像」(ともに県指定文化財)が安置されていますが、仏殿はこれらより新しい室町時代後期の建造物と考えられています。

仏殿は、天正10(1582)年の織田信長の兵火、昭和20(1945)年の戦災を免れて、室町時代の禅宗の建築様式を今に伝える貴重な文化財です。

 

  • 区分…国指定文化財(建造物)
  • 指定年月日…昭和2年4月25日
  • 場所…東光寺3-7-37

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