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更新日:2011年10月2日

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文化財めぐり甲府のお宝み~つけた!

文化財とは「わが国の長い歴史の中で生まれ、育まれ、今日まで守り伝えられてきた貴重な財産」であると文化財保護法では定義しています。文化財は、一度失われたら元に戻すことはできません。
そのため、失われる前に少しでも早く保存・活用を図ることで、現在そして未来に伝えていくことができます。
甲府市は文化財の宝庫です。武田氏関係の寺社、中道地区の巨大な古墳群などたくさんある文化財を紹介します。(毎月の広報誌から抜粋掲載)

大丸山古墳

曽根丘陵上の東山にある(東山古墳群)に属す大型の前方後円墳。

山梨県庁舎別館(旧本館)および県議会議事堂

これらの建物は、県庁敷地内の中央にあります。昭和5(1930)年に建てられました。なかでも、内壁と天井は漆喰(しっくい)塗、階段は大理石張りで重厚です。

横根・桜井積石塚古墳群

横根町から桜井街の山麓にかけて確認されている145基の古墳。群集墳といわれる形態で、石を積み上げて墳丘を造るため「積石塚古墳」と呼ばれています。

高室家住宅

広大な敷地に諸建物が機能的に配置された高室家住宅は、近世における医薬施設を現在に伝え、中世までさかのぼる屋敷割の姿を良好に残す希少な建物です。

金櫻神社の大々神楽

市内御岳町に鎮座する御岳金櫻神社で4月の例大祭と5月の桜祭りに舞われている大々神楽。今も昔と変わらない古風優美な舞を伝える市指定の民俗無形文化財です。

旧睦沢学校校舎(藤村記念館)

交流ガイダンス施設として、甲府駅北口に移築、復元された藤村記念館。藤村紫朗が奨励したこの擬洋風建築(藤村式建築)は、重要文化財です。

加牟那塚古墳

東日本最大といわれる姥塚古墳に匹敵する大きさの石室を有し、県内では数少ない埴輪も出土した古墳。平地で開発を逃れた数少ないこの古墳は、県指定文化財です。

絹本紺地金泥阿弥陀三尊像

則天武后の病気平癒のため善導大師に描かせた絹本紺地金泥阿弥陀三尊像。この像をまつり、祈念したところ、武田信虎の難病が全快したと伝えられています。

塩澤寺地蔵堂

弘法大師(空海)が開山した由来を持つ真言宗の寺院である塩澤寺。その本尊の覆堂として、湯村山の岩盤を平らにして建立された地蔵党は、文化財に指定されています。

黒平の能三番

正月14日(新暦2月14日)に行われる道祖神祭りの神事芸能として神聖視され、伝承されてきた能三番。前年に婚礼や新築など祝いごとのあった家へ練りこみ舞われます。

甲府城跡

戦国時代の終わりに豊臣秀吉の家臣らによって、甲斐を治める拠点として築城された甲府城。その規模は、現在の舞鶴城公園よりも大きく、城跡を中心に19haにも及びました。

銚子塚古墳附丸山塚古墳

銚子塚古墳は、曽根丘陵の北麓に位置し、前方部を東に向ける前方後円墳。山梨県内で最大規模を誇り、古墳時代前期のものとしては、東日本でも最大級の規模です。

絹本著色釈迦三尊十八羅漢図

釈迦三尊を中心に表した中幅と9体ずつ羅漢像を描いた左右幅からなる三幅対の作品。鎌倉時代に中国仏画が伝播する状況を示す初期の貴重な作品として、評価されています。

東光寺庭園

蘭渓道隆による作庭との伝承がある東光寺庭園。中世の庭園様式と手法を踏まえ、中国の水墨山水画的な風景を凝縮させた、禅の精神世界の造形美が演出された名園です。

穴切大神社本殿付棟札

地名の由来となった穴切大神社。見事な動植物の彫刻が美しい随神門と装飾的な彫刻と鮮やかな色彩がひときわ目を引く本殿を有し、住宅街の中に静かにたたずんでいます。

絹本著色武田信虎夫人像

この像は、天文22(1553)年、夫人の一周忌に際し、実子の信廉によって描かれた母の供養像です。

立本寺本堂

立本寺は、屋根も小さく縁側も廻っていないことから、簡素で小ぶりな本堂(護摩堂)に感じますが、密教仏堂の建築様式がよく残り、中世に遡(さかのぼ)る質の高い建造物です。

燕岩岩脈

市街地から車で約1時間のところにある「燕岩岩脈」は、何万年も続いた黒富士の火山活動の歴史やすさまじさを今に伝える、自然が作り上げた芸術作品です。

太刀銘「一」

武田神社の宝物殿に展示されている太刀銘「一」は鎌倉時代の名刀です。この太刀は刃文などから吉岡一文字の特色がよく表れているとされています。

一蓮寺過去帳

「僧帳」「尼帳」「新帳」と呼ばれる一蓮寺に残る3冊の過去帳は、鎌倉時代から江戸時代まで歴代住職により連綿と書き継がれてきた稀有な記録です。

立石遺跡出土品14点

上向山町にある立石遺跡から出土した石器は、約3万年前に使われたもの。現時点では、県内最古の一群に属する人間の生活の痕跡を示す重要な資料です。

東光寺仏殿

今から約1千年前の平安時代に興国院という密教の寺院から始まった東光寺。仏殿は室町時代の禅宗の建築様式を今に伝える貴重な文化財です。

旧上九一色郵便局

明治7年7月に開設された「古関郵便取扱所」(後の上九一色郵便局)。建築以来100年の歳月を経てもなお、モダンでおしゃれな雰囲気をかもし出しています。

銅造観世音菩薩立像

平安時代の竪穴住居跡から出土した観世音菩薩像。白鳳時代に制作されたと考えられ、渡来系の仏師が携わった可能性も指摘される貴重な仏像です。

天津司の舞

小瀬町に伝わる日本最古の人形芝居。人形に演じさせる田楽舞は全国的にも珍しい神事。国の重要無形民俗文化財に指定されています。

絹本著色柳沢吉保像

柳沢吉保が、自身の出世を記念して元禄15(1702)年に狩野常信に描かせ、一蓮寺に奉納した自画像です。

御岳昇仙峡

150年ほど昔、長田円右衛門たちが御岳新道を開通させて以来、「日本一の渓谷美」で人びとを魅了している甲府市が誇る国の特別名勝です。

木造釈迦如来坐像

約750年前に造られた鳳凰山東禅寺の釈迦如来坐像。武田信虎と鳳凰三山の関係、甲斐国の禅宗の興隆を知るうえでも、謎を秘めた仏像です。

徳川家康からの朱印状

徳川家康が右左口宿に着陣した際に、右左口の住人から手厚いもてなしを受けたことから、家康は右左口の住人に諸役免除の朱印状を与えました。

要害山

武田信虎は、緊急時に避難のために立てこもる詰城として、要害山(通称「丸山」)に要害山城を築きました。

善光寺本堂付厨子・棟札、善光寺山門付棟札

市内にある善光寺の正式な名称は「甲斐善光寺」ですが、日本全国に「善光寺」はいくつあるかご存じですか。資料によると、善光寺を正式な寺名とする寺院は119寺あり、さらに善光寺式阿弥陀三尊像は443体あるといわれています。

木造聖徳太子立像

「一度に10人の話を聞き分けた」などの伝説を残した聖徳太子。そんな太子の16歳像(御孝養像(ごこうようぞう))を御本尊としてまつっているのが小瀬町にある仁勝寺です。

カワセミ

カワセミは、昭和59年に市の鳥に指定されています。

武田氏館跡

国史跡・武田氏館跡は、永正16(1519)年に武田信虎が築いた武田氏の本拠で、一般には「躑躅が崎館」の呼び名で親しまれています。

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