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更新日:2016年8月26日

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武田氏館の大手口に存在した三日月堀

近年の調査で、武田氏の築城技術の特徴と言われる三日月堀が武田氏館跡(武田神社)で確認されました。
三日月堀とは、館の大手口※1を三日月状に丸く覆うような形をした堀で、内側に土塁をともなう丸馬出(まるうまだし)と呼ばれる、敵から館を守る防御施設の一部です。全長は約30m、幅は約4~5m、深さは約2.5mと推定されています。
また、『甲陽軍鑑』には山本勘助が信玄の前で馬出の重要性を披露し伝授したという興味深い記述もあります。

※1大手口…城館の正面玄関。防御のうえで一番重要な場所

画像:三日月堀は、このような形だったと推定されています(2006年撮影)。

三日月堀を含む丸馬出は、信濃・駿河・遠江・西上野などの武田氏が侵攻した地域の拠点となる城郭で確認される例が多く、これまで侵攻先で発達した施設と考えられてきました。
山梨県内では、武田氏の最後の居城となった新府城(韮崎市)の大手口のみに確認されているだけで、今回の発見は、三日月堀の技術や意味を知るうえで重要なものだと考えられています。

画像:発見された三日月掘の場所

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