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更新日:2016年8月29日

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鰻(うなぎ)は甲府の名産だった!?

1850年に刊行された、江戸時代の生活文化を紹介している『甲斐の手振』では、鰻が甲府の名産だったことが書かれています。

当時、甲府の城下町に近い荒川や相川、濁川、貢川などで鰻がたくさんとれたといわれ、鰻の身が引き締まっておいしかったそうです。
また、江戸時代、甲府学問所の学頭として来甲した林鶴梁(かくりょう)の日記によると、鶴梁は1年を通じて何度も炙(あぶり)鰻を贈られていたようです。炙鰻とは、鰻を蒸さずに焼いただけのものだったといわれ、贈答品や接待の際の食事に用いられたことがうかがえます。
かつて甲府には、鰻料理店が江戸時代末に7店、明治に入っても8店あったようで、明治期には、鰻御膳(ごぜん)25~30銭、大蒲焼(かばやき)12~16銭、鰻丼5~12銭ぐらいの値段がつけられていたようです。そのころには、静岡県でとれた鰻が生きたまま篭(かご)に入れられ、中道往還を通って甲府に運ばれていたこともわかっています。

鰻が祀(まつ)られている原山神社(美咲1丁目)

鰻が祀られている神社はとても珍しく、こんな言い伝えも残っています。

昔、神社横を流れる相川で何度も洪水が発生したため、疫病が流行し、困った住民が原山神社に祈願したところ、川の神様の怒りを鎮めるため、鰻を3匹相川に放流するようにいわれ、それを実行すると洪水も疫病もおさまった。
この言い伝えから、現在も地元では、毎年8月に鰻を3匹放流しています。無病息災、鰻のように細く長く生きたい、粘り強く困難を乗り越えたいとの願いが込められているようです。

また、原山神社は、安産“鰻のようにスルスル”とお腹の病気“腹(原)を病ま(山)ない”にご利益があるといわれています。

鰻の絵馬
画像:神社には鰻の絵馬が!

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