更新日:2016年8月29日

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連歌(れんが)発祥の地!酒折宮(さかおりのみや)

連歌は、複数の人が「5・7・7」の片歌で問答する日本の文学の一つです。
その連歌は、甲府の酒折宮から始まったといわれています。

酒折宮拝殿
画像:酒折宮拝殿

『古事記』には、「倭建命(やまとたけるのみこと)(日本武尊)」が東征の帰路、酒折宮に立ち寄り、

新治(にいばり) 筑波を過ぎて 幾夜か寝つる
(新治、筑波の地を通り過ぎて、ここまで幾晩寝たのか)

と問いかけたところ、かがり火を焚(た)いていた老人が、

かがなべて 夜には九夜 日には十日を
(日数を重ねて、夜では九夜、昼では十日ですよ)

と答えたと記されています。

「4・7・7」の片歌の問いかけに対し「5・7・7」の片歌で答える片歌問答になりました。
倭建命は、その老人の才能を誉めて「東国造(あずまのくにのみやつこ)」の称号を授けたそうです。

連歌の碑
画像:酒折宮境内ある連歌発祥の由来となった連歌の碑

この片歌問答が連歌の起源、また、酒折宮が連歌発祥の地とされ、その後、酒折宮には山口素堂をはじめ、多くの文学者・学者が参拝するようになりました。

酒折連歌は「5・7・7(問い)」、「5・7・7(答え)」という形式で、後の短連歌や長連歌とは異なる形式になっています。

現在では、連歌の普及を目的に毎年行われる「酒折連歌賞」。
毎回全国からたくさんの応募があります。

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