更新日:2020年1月30日

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その15 私、消毒されちゃうの?

 感染症の苦しみ 

例年、冬になるとインフルエンザが流行る。なにしろ元凶が肉眼で見えない存在だけに対処も大変だ。グローバルに流行したインフルエンザの元祖とされるのが、大正7年(1918)年から翌年にかけて世界中に広がったスペイン風邪である。甲府でも大正9年1月末には3,000人の患者を数え、死者も多かったという。

感染症の原因がはっきりと分からなかった時代に、なかなか効果的な対処は難しかった。明治7年(1874)と翌年の3月上旬、甲府では馬脾風(ばひふう)、つまりジフテリアが流行った。山梨県病院が示した対処法は、薄着をしないで頭と首を冷やさないように呼びかける程度だった。明治10年8月には、隣の長野県でジフテリアの流行を見る。夜は裸で寝るな、風雨の中を歩き回るな、などと「冷え」への対処とともに、患者の息を嗅がないようになど、「感染」予防の考えも広まり始めていた。

隔離と消毒

明治10年ころから、感染症への対処として隔離と消毒が行われるようになった。明治13年にコレラ・腸チフス・赤痢(せきり)・発疹(はっしん)チフス・ジフテリア・痘瘡(とうそう)が法定伝染病に指定されると、罹患(りかん)したとの届け出、隔離治療・消毒は義務になった。届け出れば「避(ひ)病院」に入院ということになるが、生きて帰れる所と思われていなかったらしく、病気を隠す患者(とその家族)が相次いだ。当時、感染症発生への対応は警察の仕事であり、患者に優しくない扱いもあったようである。甲府では消毒の担当者が、患者が使った道具類・衣服・寝具はもちろん、その家の家具・畳・床板・天井板までひっぺがして燃やしたという。

これで大丈夫、…なのか?

ある場所でコレラが流行ると、そこからやって来る旅行者に疑いがおよぶ。明治12年、山梨県内の旅館に次のような布達が出された。旅館は薫蒸(くんじょう)室を造り、コレラ流行の地方からやって来た宿泊客を荷物ごと10分ほどその部屋で薫蒸する、もしくは、戸外で消毒液を吹きかけること。ここで使われるのが石炭酸、つまりフェノールである。フェノールは今でも殺菌や防腐に使われたりするが有毒だ。部屋を閉め切り、フェノールを土鍋で煮て蒸気を出すのであるが、感染症予防の前に、何かしら別の病気にかかりそうなやり方である。
1か月後、この方法は効果がないとして、別のもので薫蒸せよとお達しが出た。それは硫黄(いおう)である。さすがに高価な服が変色する恐れありとして、場合によっては石炭酸の蒸気でもよいとしている。また、発火する危険ありと注意を促している。結局は、希薄した石炭酸を吹き付けて、すぐさま入浴させても可と、厳しいのか、ゆるいのかよく分からない県の方針である。消毒も新技術の1つとして初めは試行錯誤だったのだろう。

 

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