更新日:2020年4月3日

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その20 湯村温泉の底力

とにかく効くよ!

湯村はアルカリ性の温泉で、無色透明・無味無臭の実に気持ちの良いお湯である。その効能は古くから知られ、天文17年(1548)7月の塩尻峠の合戦(vs小笠原長時)で負傷した武田晴信(信玄)が湯治に訪れている。晴信はこの年の2月に上田原でも村上義清と戦い負傷するという、なかなかハードな目にあっており、心身の癒しを湯村に求めたのであろう。
江戸時代の中ごろには、湯村温泉は「一廻り」(7日間)入れば、皮膚の疾患がたちどころに治り、腫れ物や切り傷にも効く「名湯」として知られていた。また、湯村の湯は人だけでなく家畜も癒した。田んぼの中に「馬の湯」と呼ばれた場所があり、その由来は次のように伝わる。
「湯村の人びとは、使用後の温泉の湯を溝で村境に流していた。ところが隣の村が溝をせき止めたので、湯村の畑がお湯びたしになってしまったことがあった。そのいさかいの間、農耕馬が気持ちよさそうに湯に浸かった。」
実際には、温泉の余り湯を引き、ぬるい湯に馬が脚を浸して、疲れをとったという。

環境もいいよ!

明治28年(1895)の案内記には、湯村の良いところが次のように紹介された。
①御岳(昇仙峡のこと)の景勝まで約3里(12㎞)で、歩くと適宜な運動となる。道路も広く交通が便利なこと温泉中の第1位である。
②南の山を一望でき眺望がすばらしい。暑さを避けるにはもってこいの地である。
このように、甲府中心部からそれほど遠くなく、交通の便もよく、それでいて心を落ち着けることもできる静かな環境だったのだろう。実際、戦前には太宰治などの文人が逗留している。戦後は周囲の宅地化が進み、都市の温泉という風情になった。しかし、史跡や寺社、湯村山など、歩き巡る楽しみは今でも失われていない。

ちょっとコワいよ!

湯村には妖怪も出た。江戸の旗本・多田三八(モデルは武田24将のひとり多田三八郎か)は、湯村を目指して天目山の麓を通りかかった時に天狗に襲われた。三八は抜刀し、天狗の翼を切り落とす。湯村では背中に大きな傷跡がある大法師と同宿となり、正体を見破った三八は浴場でその大法師に切りかかるも、湯村山のほうへ逃がしてしまう。これには、後日談があり、常に霧をまとった「異人」が温泉にやって来ては、時々、「我は多田三八に傷つけられた鬼だ」と言って空を飛んでいたという(いつの間にか天狗が鬼になっている)。
犯罪者も来た。盗賊が入湯したことがある。湯から上がった移動中であろうか、千塚・塩部両村の者がその盗賊を取り押さえたという記録が残る。おそらくはコソ泥ではなく、指名手配レベルの盗賊だろう。湯村温泉には、さまざまなモノを呼び寄せてしまう磁力(魅力)があったと言えようか。

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