更新日:2019年8月6日

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その5 「怪」を呼ぶ水辺

水に棲む妖しい存在

江戸時代中期のこと。甲府に赴任した勤番士・野田成方(しげかた)は、甲斐の地理・風俗などを『裏見寒話(うらみかんわ)』という本にまとめた。この時期の甲斐を知る恰好の文献である。その中にはいくつか不思議な話も載っている。記念誌『甲府歴史ものがたり』1-5「かわうその受難」中のエピソードもそうだ。
愛宕町の所左衛門なるものが笛吹川を渡っていたら、かわうそに追いかけられた、というのだ。成方は、かわうそは人に害をなすものではなく、害するのは「川太郎」(=河童(かっぱ))だと評している。しかし、同時に鰡(ぼら)の年を経たものがかわうそとなること(!?)、夜分に川舟から食物を失敬することが、江戸では度々あるといっている。列島の多くの地域では、かわうそは美男・美女に化けて人をだます(時には殺害する)妖怪の一種として語られることが多い。
新紺屋町から愛宕町にぬけるため、藤川に架かる土橋を夜更けに渡ると、橋の下から小豆(あずき)を洗うような音が聞こえるという。畳町の橋でもこのような現象が起きたらしい。全国的にみられる「妖怪・小豆洗い」である。音以上の怪異はなかったらしいが、不思議なだけに怖い。中丸村(北杜市長坂町)には木の上にいて、通行人をざるですくって食べてしまう「小豆そぎ婆」という、リアルに恐ろしい小豆系妖怪がいたと伝わる。

危機一髪!国玉(くだま)の大橋

橋のような「境界」を象徴する場所では、何かと怪異なことが起こりやすいようである。昔、ある旅人が猿橋(大月市)を渡っていたら、婦人に手紙をことづけられた。国玉の大橋のところに人がいるから渡してほしい、と言う。道中、旅人がその手紙を盗み見ると、「この人を殺すべし」とあったから、胆が冷える。大あわてで「この人殺すべからず」と書き直した。かくして国玉に到着。早速、憤怒の表情の婦人が出てきて、手紙を受け取る。しかし手紙を見て、ていねいに謝礼、旅人はつつがなく去る。この事件のあと、「大橋の上で猿橋のことを言えば怪異、猿橋の上で大橋のことを言ってもまた怪異が起こる」と、伝えられるようになった。

釣りも命がけ?

大津村は甲府城下から手ごろな距離にある釣りスポットであった。鮒(ふな)がよく釣れ、1尺(約30cm)を超す大物もいたらしい(『甲府歴史ものがたり』1-4「川のめぐみ」)。
9月末のよく晴れた日、勤番士5~6人が鮒釣を楽しみに大津村の渕にやって来た。午の刻(正午)頃、西の空から材木のようなものが飛んできて、着水、1丈(約3m)あまりの水しぶきが上がった。かなり「物凄い」ことになったらしい。あとで、「これは颷(ひょう=つむじ風)ではないか」という話になった。地元では「水颷」と呼んでいたようである。
不思議な現象に、どのように説明をつけるか(妖怪のしわざか?自然現象か?)。これも、人びとの歴史的営為の産物なのである。

 

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