更新日:2014年10月9日

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加牟那(かんな)塚古墳

かつて千塚には、その名のとおり多くの塚(古墳)がありましたが、現在はその多くが住宅地や田畑になっています。
そのような中で、「加牟那塚古墳」は、万寿森古墳(大和町)や穴塚古墳(荒川2丁目)とともに、平地で開発を逃れた数少ない古墳の一つです。

加牟那塚古墳

加牟那塚古墳は、直径が最大で45m、高さが7mの円墳で、古くは「金塚」とも呼ばれました。
一番の特徴は大きな石室で、真南に開口し、全長が16.75m、奥壁の最大幅が3.3m、高さが3.2mあり、畳に換算すると約30畳分もの面積になります。

この石室の大きさは、東日本最大といわれる姥(うば)塚古墳(笛吹市)に匹敵し、県内で2番目の規模です。
どちらの古墳も6世紀後半に築造されたと考えられ、加牟那塚古墳を造った巨麻郡の勢力と、姥塚古墳を造った八代郡の勢力が拮(きっ)抗していたことが推測されます。

昭和45年の発掘調査では須恵器やガラス製小玉が出土しているほか、県内では数少ない埴輪(はにわ)が出土した古墳でもあり、底のないバケツのような形をした円筒埴輪や武人埴輪、馬形埴輪、剣形埴輪が出土しています。

この古墳の西側に位置する千塚公園の発掘調査では、古墳時代前期から後期にかけての集落跡が見つかり、この集落に生活した人びとが加牟那塚古墳を築造する原動力になったことがうかがえます。

  • 区分…県指定文化財(史跡)
  • 指定年月日…昭和43年2月8日
  • 場所…千塚3丁目

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都市戦略室シティプロモーション課広報係

〒400-8585 甲府市丸の内一丁目18番1号(本庁舎5階)

電話番号:055-237-5314

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