更新日:2019年9月26日

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岩窪の八房の梅

(西山梨郡志より)

信州川中島で、上杉謙信と武田信玄とが戦った時の話です。

ある日、信玄公は戦の最中、咽喉が非常に乾いたので従者に水を求めた。しかし、水の用意をしてこなかったのか、従者は水の替りに梅を差しだした。

信玄公は、乾きを癒そうと従者の差しだした梅を口に入れた。梅を噛むと実は八個に割れた。信玄公は割れた実をその場に捨てた。

やがて、その実から芽がで、成木し、梅の実をつけれるようになった。しかも不思議なことにその梅の木は、一つの花が咲いた後八個の実を結ぷようになったという。

信玄公の遺体を火葬にしたといわれている岩窪町の信玄公廟所にその梅の木が移植されています。

今でも、秋にはひとつの花に八個の実をつけるといわれています。

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