ホーム > 甲府の魅力、大集合!大好き!こうふ市 > 開府500年コラム > 開府500年コラム 地名の由来1~甲府城下町の中心地「八日町(ようかまち)・連雀町(れんじゃくまち)」~

更新日:2017年5月25日

ここから本文です。

開府500年コラム 地名の由来1~甲府城下町の中心地「八日町(ようかまち)・連雀町(れんじゃくまち)」~

市の歴史を知る企画として、2019年の「こうふ開府500年」に向けて市内全域を回り、地名の由来や歴史について紹介します。知っているようで知らない、あなたの身近な地域の歴史にタイムスリップしてみませんか?今回紹介するのは、現在の甲府市中央4~5丁目付近です。

 地名の由来

      【八日町】             【連雀町】

毎月8日に市場が開かれていたことから          

行商人が荷物を背負う際に使う「連尺」という道具を指して

  
八日町 連雀町
       ▲かつての八日町の様子        ▲かつての連雀町の様子

【中央4~5丁目付近図】

中央4~5丁目

 かつての様子

八日町を通る甲州街道は、甲府バイパス(国道20号線)が開通するまでは甲府と東京を結ぶメインストリートで、八日町沿線は大変な賑わいを見せていました。その様子は江戸時代中期の『裏見寒話(うらみかんわ)』に「呉服屋、薬種屋、合羽屋などあり、府中第一のよき所也」と記されているとおり、甲府城下における商(あきない)の中心地、また、文化の発信地でもありました。
連雀町は、上連雀町と下連雀町に分かれており、商業のまちとして栄えました。下連雀にある文珠稲荷(もんじゅいなり)神社では、旧暦8月16日に町内家別に神灯を出して賑わいました。
第二次世界大戦末期(昭和20年)の甲府空襲で、下連雀町では全世帯が焼失するなど、どちらの地域も甚大な被害を受け、残念ながら当時の街並みや歴史的な資料の多くは失われてしまいました。

 

甲府市では市内の昔の写真を募集しています
明治~昭和にかけての甲府の風景やできごとを撮影した写真をお持ちでしたら、シティプロモーション課までご連絡ください。

次回は「桜町・橘町(丸の内1~2丁目、中央2丁目付近)」をご紹介します。

よくある質問

「特によくある質問」にお探しの情報はございましたか?
上記以外のよくある質問が掲載されている「よくある質問コンテンツ」をご活用ください。
ご不明な点は、よくある質問内のお問い合わせフォームよりご連絡ください。

よくある質問入り口

お問い合わせ

都市戦略室シティプロモーション課広報係

〒400-8585 甲府市丸の内一丁目18番1号(本庁舎5階)

電話番号:055-237-5314

より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください

このページの情報は役に立ちましたか?
このページの情報は見つけやすかったですか?
このページの情報はわかりやすかったですか?

ページの先頭へ戻る