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更新日:2016年8月26日

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日本最初の切手の考案者・初代郵政大臣は、甲府市出身の杉浦譲(ゆずる)だった!

1871(明治4)年、料金前納式の日本で最初の切手が発行されました。この時、新郵便制度の実施に当たっていたのが甲府市出身の初代駅逓正(今の郵政大臣)杉浦譲でした。

当初、郵便制度の改革は前島密(ひそか)が進めていました。しかし、前島がイギリスに出張する際、杉浦譲がこの改革を引き継ぎ、書状集箱(郵便ポスト)の形や郵便用具の規格、切手の図案などを具体化し、郵便創業に向けての準備をしていったのです。

48文切手

上の画像は譲が考案した日本で最初の切手。48文、100文、200文、500文の4種類が発行され、竜の模様が描かれていることから竜文切手ともいわれています。(画像は、48文切手)

譲は、1835(天保6)年、西青沼二十人町(今の相生1丁目)で甲府勤番同心の杉浦七郎右衛門の長男として生まれました。18歳で私塾を開き、徽典館(今の山梨大学)に学び、後に同館助教授となった秀才でした。彼は、27歳の時に江戸に出て、外国奉行という職に関わるようになり、29歳でフランスへ渡り、33歳にパリ万国博覧会などのために渡欧し、フランスの郵便制度を日本で唯一、実地で見聞してきました。この譲の経験が新郵便制度を成功に導いたといわれています。

駅逓正となった譲は、その後大蔵省に出仕し、太政官少内史、地理頭、地理局長と地位を進みましたが、1877(明治10)年に41歳10か月という若さで病没しました。

現在、遊亀公園には、譲の業績を偲んで顕彰碑が建てられています。

顕彰碑

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