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更新日:2026年2月9日
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臨済宗の名刹。甲府五山。南北朝時代に足利尊氏の信任が篤い武田信武が夢窓疎石を招いて開いたとされています。
武田勝頼が織田・徳川連合軍に敗れ、京都五条の河原に晒されていたところ、その髪と歯をもらい受け、当寺に埋葬したと伝わります。

武田信虎によって築かれた山城。長野方面や甲府盆地一帯の見晴らしがいいです。土塁や石積みを見ることができます。一の郭跡にある石で囲われた井戸も見どころ。【甲府市指定史跡】

奥にあるのが1号墳、手前が2号墳。横穴式石室が恰好いいです。内部を懐中電灯で照らすと見える一番奥の壁に、縦に置かれた2つの岩が印象的。


弘法大師が開いたといわれる真言宗のお寺。国の重要文化財の地蔵堂、県有形文化財の石地蔵や板碑、無縫塔など、たくさんの文化財があります。毎年2月13日・14日に行われる厄除地蔵尊祭は多くの人で賑わいます。

6世紀後半の円墳。長さ16mを超える横穴式石室は県内で二番目に大きく、使われた石材も大きいです。家形埴輪や人物埴輪などが見つかりました。墳丘に登ると富士山が見えます。【県指定史跡】

武田の重臣・跡部伊賀守信秋が元亀2年(1571)に創立した曹洞宗の古刹。寺名ははじめ「穀蔵寺」と称しましたが、信秋の号である「攀桂斎」をとって「攀桂寺」と改められました。境内には信秋公の墓所が静かに佇みます。跡部氏は勝頼の代まで側近として仕え、武田家と運命を共にした忠義の一族です。

約1200年前に弘法大師が開いたといわれ、毎分、約1トンもの良質な温泉が湧出しています。江戸時代には葛飾北斎の浮世絵にも描かれました。太宰治や松本清張などが執筆のために滞在した宿もあります。

6世紀半ば頃に造られた円墳。県内で一番古く、三番目に大きい横穴式石室の古墳。江戸時代には火薬庫として利用されていた。【県指定史跡】

別名ノダフジという種で、指定された昭和34年当時は、根回り3.2m、地上1.5m、幹囲1.75m、地上約2mで3枝に分かれ、枝張り面積266平方メートルの棚作りでした。県道拡幅工事に伴い、昭和48年に現在地に移植されました。現在、指定当時よりは規模が小さくなっていますが、枝張りはよく、美花を咲かせています。【県指定天然記念物】

山梨県が昭和27年に、県を代表するスポーツ施設として設置しました。当初はテニス場として整備され、その後野球場や水泳場が次々と整備されました。県民のスポーツの振興並びに体力増強のための施設として貢献しています。【8時30分~17時30分、月曜休。】

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