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甲府空襲

焼きつくされた甲府の様子

太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)7月6日の夜~7月7日にかけて、グアムのマリアナ基地から飛び立った131機のアメリカ軍B-29爆撃機(ばくげきき)による、甲府への爆撃がありました。これを甲府空襲(くうしゅう)といいますが、7月6日23時47分~7日1時48分にかけて空襲がありました。

甲府市内は火の海となり、市街地の約74%がやきつくされました。負傷者(ふしょうしゃ)は1,239名、被害戸数(ひがいこすう)18,094戸でした。また1974年(昭和49年)7月に行われた調査では、死者は1,127名とされています。

 

 

★甲府の今を見てみよう!

~市のシンボル「甲府市7つの宣言」~

 

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