更新日:2018年11月7日

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開府500年コラム 地名の由来16~明治時代1~

今回は、明治22年の市制施行時に甲府市となったエリアの地名に注目します。

県令(現在の知事)に着任した藤村紫朗は、甲府のまちの開発に着手。甲府城内外の濠の埋立てや道路の新設などにより市街地化が進められ、明治8・9年、常盤町・錦町・桜町など新たな町が誕生した。その際、町名は、まちの発展を願って縁起の良い佳名がつけられている。佳名以外で由来が伝えられているのは水門町と花園町で、水門町は上府中用水の水門が設けられていたことから、花園町は甲府城の御花畑があったことによる。弥生町は、「桜小路」と呼ばれていた場所だったため桜町が適しているとされたが、その前年に桜町が誕生していたことから、桜にちなむ別の名になったといわれる。
改称や合併により設立したまちのうち、太田町(明治5年~)は、かつてあった太畑という集落に由来(『甲府略志』)。飯沼村(明治8~22年)は合併した町村名の組み合わせ、また、相生町(明治9年~)は江戸時代、二の堀に面した片側の町並み(片羽町)だったのが、明治時代、堀を埋め街路の両側に家が立ち並ぶようになったことを喜んで名付けられたという。

地名の変遷

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