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更新日:2018年10月23日

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開府500年コラム 地名の由来15~土地の特徴編~

現在の町名の中から今回は、土地の特徴や地形に由来する地名を紹介します。
地内に塚や古墳、温泉があることで名付けられたのが千塚、塚原、湯田、湯村。
湯田は元々、甲府城追手門周辺(県庁南部・旧県民会館の辺り)の温泉が湧くところを呼ぶ地名だったが、甲府城築城の際、住民とともに地名を現在地に移したといわれている。また、湯村は、湯島村と呼ばれていたのを江戸時代、八宮良純親王が甲斐国に配流された(湯村に一時滞在していた)ことによって湯村に改称されたと伝えられる。


★地名と由来 ※一部、土地・地形以外に諸説あり

飯田(下飯田) 一般的に、自然堤防などの小高いところにある田地を指す
(上・下)帯那 耕地が帯のように長く、「那」は「野」のことである(『甲斐国志※』)
(上・下)向山 府(甲府)の南面にあることから(『甲斐国志※』)
高成 高地に集落が形成されたことから
高畑 荒川がカーブする地点にあり周辺より土地が高いことから
竹日向 高岳にあることから岳の日向という意味(『甲斐国志※』)
横根 青梅街道・秩父街道(国道140号)に沿って山麓に位置することから

※甲斐国志…江戸時代に編纂された甲斐国の代表的な地誌

【奈良・平安時代からの地名】
低湿地だったことに由来するといわれる青沼。平安時代の辞書『和名類聚抄』(和名抄)で見られる青沼郷の遺称とされる。現在の市中心部が郷域だったとみられ、奈良時代に存在していた。その後、甲府城築城時、東西の2村に分かれ、東青沼村(町)・西青沼村(町)、また、新青沼町となり、昭和40年、現在の町名となった。
白井もまた、白井郷として『和名抄』に見られる。由来は、小石和筋の幾つかの川が笛吹川に注ぐ場所で川原が広いことを指して白郷といい、境川にある砂や石がほかの川原に比べて特に白く見えるから。この辺りの真綿が良質で雪のように白いと讃えられたから。『甲斐国志※』では2つの説が記されている。

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