更新日:2019年12月23日

ここから本文です。

絹本紺地金泥阿弥陀三尊像(けんぽんこんじきんでいあみださんそんぞう)

尊躰(そんたい)寺は、武田信虎が大永元年(1521)に弁誉上人を招いて、阿弥陀如来画像を本尊とし、元柳町(現在の武田3丁目)に開いたお寺です。その後、甲府城築城に伴って現在地(城東1丁目)に移転し、甲府浄土五ヵ寺の一つに数えられてきました。
この寺に伝わるこの画像は、高麗末期に近い14世紀ごろに朝鮮半島で制作されたもので、紺地の絹に肉身を金泥で彩色された阿弥陀如来を中央に描き、観音菩薩と勢至菩薩の両脇侍(わきじ)を前方に配置する構図になっています。
寺の伝承では、唐の時代に則天武后の病気平癒のため善導大師に描かせたものを、鎌倉時代に蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)が日本に請来して、京都の御所から石清水八幡宮を経て、武田家に伝わったとされています。武田信虎が難病にかかったときにこの像を館の中にまつり祈念したところ、たちどころに全快したことにより、尊躰寺を開創したと伝えられています。
徳川家康が甲斐に入国したとき、この寺を宿陣としたのもこの本尊の霊験あらたかなことを耳にしたためだといわれています。

 

 

 

 

絹本紺地金泥阿弥陀三尊像
絹本紺地金泥阿弥陀三尊像

  • 区分…市指定文化財(絵画)
  • 指定年月日…平成9年11月27日
  • 場所…尊躰寺

より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください

このページの情報は役に立ちましたか?
このページの情報は見つけやすかったですか?
このページの情報はわかりやすかったですか?

ページの先頭へ戻る